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京都地方裁判所 昭和33年(わ)1210号 判決 1958年7月11日

被告人 吉原斌

主文

被告人を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予する。

押収してある脇差壱振(昭和三二年領置第三〇三号の一)及び日本刀壱振(同号の二)はこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

本件公訴事実中銃砲刀剣類等所持取締令違反の点につき、被告人は無罪。

事実

被告人は

第一、京都市上京区寺町通鞍馬口下る西入る新御霊口町川辺茂次に対し、約束手形一通の割引をしたところ、不渡となつたのでその解決をはかるため、昭和三十一年十一月五日午後十一時過頃から右同人方で交渉したが要領を得なかつたので翌六日午前一時頃、同市右京区西院四条畑町十九番地の被告人方に同行し階下六畳の間で引続き交渉したが、右川辺が酒に酔い依然として誠意を示さず却つて捨鉢的な強がりを言うような態度に立腹したところから黒鞘脇差一振(昭和三二年領置第三〇三号の一)を同人に示し、之で腹を切つて謝る度胸があるか等と申し向け、暗に生命身体に危害を加えるかも知れないような態度を示し、以て兇器を示して脅迫し、

第二、梅川石松に対し、自己振出の約束手形一通を作業衣買付並びに割引のために手渡していたが、同人がその約旨を履行しないうちに、関本栄造を経て谷田行幸が右手形二通を所持している事実を知つて、同人にその返還を要求したが、同人から右関本に対する売掛代金の未収を理由にこれを拒絶されたため、昭和三十一年十二月十日午前一時頃、被告人方階下事務室で関本栄造に対し右谷田から右手形二通の取戻方を要求したところ、同人が即答しなかつたことに立腹し、日本刀一振(昭和三二年領置第三〇三号の二)を抜き放つて、その切先を同人の喉元近くに突きつけて「手形を返せ」等と申し向け、右同様の態度を示し、以て兇器を示して脅迫し

たものである。

証拠(略)

前科(略)

適条(略)

無罪の点についての判断

本件公訴事実中、被告人が法定の除外事由がないのに判示第一記載の日時、被告人方二階応接間で判示第一の脅迫の犯行に供するため刃渡約三十二糎の脇差一振を所持していたという点については銃砲刀剣類等所持取締法附則第九項により同取締令によつて律すべきところ、検察事務官作成の電話聴取書によると右脇差は同取締令第七条により昭和三十一年七月二十六日菅野大三郎名義で京都府文化財保護委員会に登録され、その名義のまま本件犯行時に至つていたものであつて、刀剣所持の許可が専ら対人的許可の性質を持つのに対し、その登録に際しては美術品の価値に重点がおかれ、その所有者の個人的事情は審査の対象とならないから対物的許可と同様の効果を生ずると解されるところ、同取締令第二条第四号によると第七条の規定による登録を受けたものを所持することは第二条所定の所持罪の対象から除外しているから被告人が右脇差を脅迫の犯行に供したとしても右被告人の所持は罪とならないものである。従つて刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をする。

尚被告人が判示第一の川辺茂次方での交渉に当り、電工等八名を引連れ、同人に対し不渡手形の解決を迫り、金がないなら荷物でも何でも引揚るぞ、そのため電工を連れて来ているのだ表にはちやんと若い連中が何時でも殴り込みできるように待つているのや等と申し向けて、何時にでも電工等をして家財を持ち去らしめかねまじき気勢を示し、以て多衆の威力を示して脅迫したという点については、川辺茂次が右の手形を被告人に割引してもらうに当つて白紙委任状を手交しており、被告人としては之に基き不渡の際には川辺の財産を引揚ることができるとしていたのであつて、深夜多数人を引連れて赴いた被告人の行為はもとより軽卒の誹を免れず、又その言動にも若干不穏当な点が認められないではないが、被告人の行為が権利行使に名を藉りその範囲を逸脱した脅迫行為になるような行動があつたことは之を認めるに足る証拠がないので結局犯罪の証明がないものといわねばならないが右は判示第一の事実と包括して一罪を構成するものとして起訴されたものと認められるから、特に主文でこの点につき無罪の言渡をしない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田退一)

理由

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